どうも、バーチャルブロガーの燕谷古雅(つばめや こが)だ。
ブログ「ツバメヤロク」の1周年記念だから何か特別なことをやってみようと思いました。つまり、クリエイターや活動している方に頼み込むことです。
それは、お金を出して依頼したリクエストをしてくれるskeb(スケブ)というサービスがあります。skebはVRChatとパートナーシップ契約を締結していて、特に自分のアバターのイラストの依頼が人気あります。
skebでのイラスト依頼だけでなく、ボイスや音楽、小説、など様々な媒体を有償でリクエストすることができます。お気に入りのクリエイターに依頼して作ってもらうのも良いでしょう。
普段私は絵を描いたり、ものを作る方なので、人にリクエストして作ってもらう機会はなかなか無いです。1周年記念で折角だからお金を出して特別なことを頼んでもらうことにしました。
依頼の事ですが、私はいつもVRの世界で色々とお世話になっている方で、メタバース小説家のsunさん(@Hermit_Heaven)にskebでリクエストをしました。
今回は小説家sunさんについての紹介、小説「バーチャルブロガー」を画像付きで公開します。
小説家sunさんの活動は主に小説の執筆。バーチャルで活動している人を「主人公」にした内容の小説を書いている。skeb(スケブ)をはじめとする有料執筆依頼だけではなく、イベントや配信などで依頼者とヒアリングして執筆をする「出張執筆」もあります。
小説の執筆依頼はVRで活動しているVTuberやお店のキャストやパフォーマーなどの間では好評で、近年はVTuberやバーチャルシンガーとの出張執筆依頼をする機会が増えました。
他にはメタバース旅行雑誌「Platform(プラットフォーム)」のライターをやったり、私立VRC学園やメタバースで不登校児の支援など教育機関で講師をしたり、clusterで居酒屋CLUSTARS「したため」の店長をやったりと、メタバース・ソーシャルVRで幅広く活動されています。
過去にVR世界に住まう人が主役をモチーフにし、特徴や体験などの情報をまとめて小説を書く、物書きの遊びである「メモフラ」を利用したワークショップのイベントがありました。
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小説「バーチャルブロガー」 著:sun
VR世界の歓楽街「バーチャル道頓堀」
「こんなことになるとは、思わなかったな……」
燕谷古雅(つばめやこが)は、VR世界の歓楽街の夜道で、困惑したように立ち尽くしていた。
彼は凛々しい顔立ちをした男性。赤いメッシュが入った前髪と、燕の尾を見立てたポニーテールが特徴だ。スタイリッシュなデザインのヘッドホンを着けているのが、バーチャルの世界を旅する人間らしい。
グレー色のジャケットの左肩には、漢字の「十二」とも、アラビア数字の「ⅩⅡ」とも取れるトレードマークがある。「じゅうに」、つまり「自由に」とかけたもので、何もとらわれず、自由気ままにバーチャルで旅をする意味合いがある。また、骨のようなグレー色のラインが入った黒色のロングパンツや、同じようなスケルトングローブは、どこかサイバーパンクな印象を与える。
燕谷は現在、大手メディアサイトの記者からインタビューを受けている。川沿いの歩道の柵を背負って、インタビュアーと向き合っているところだ。
ちょっと前、燕谷はこの日時、このワールドで、イベントを開催してみないかとSNSで呼び掛けた。結果、彼の予想を大きく上回る程の大盛況を博した。大手メディアからも注目され、立役者である燕谷が取材されるという経緯なのだ。
「燕谷さん、普段はどんなご活動をされているのですか?」
インタビュアーが問いかける。その容姿は、デフォルメされて愛着が湧く造形の、やや背が低いロボット。その声は、親しみやすい三十代ほどの男性の声だった。
「ブロガーです」
燕谷は緊張気味に、両手でそれぞれ小さく円を描きながら答えた。
「ブロガーというと、ブログを書く人ですか?」
インタビュアーのロボットは、顔面にあたるスクリーンに映った楕円の白目を、パチパチ瞬きしながら尋ねる。
「はい。バーチャルブロガーと、名乗っています」
変なことを言ってしまっただろうか。内心不安になった燕谷は、頭の中が真っ白になる。
それまで燕谷の感覚は、自分自身とインタビュアーがいる近距離だけに集中していた。それなのに、ひとたび意識が散漫すると、歓楽街の情景や雑音が押し寄せてくる。
視界の隅に映っていた、どぎつい光を放つ電光掲示板やネオン看板が、迫り来るような感覚を覚える。老若男女問わず――どころか、獣人やロボット、小動物などの人間以外も含めた様々なモノが、橋の上から次々と川に飛び込んでいく。居酒屋の酔っ払いたちのように、熱狂した声を断続的に発しながら。
「なるほど! 僕もお仕事として幅広く記事を寄稿したり、様々なニュースサイトを読んでいますから、お仲間ですね!」
インタビュアーはその場で飛び跳ねた。愛嬌ある仕草と共通点のある話題を出すことで、確実に距離感を縮めるやり方が、手練れの記者であると窺わせる。
「そうですか。私もバーチャルの世界の出来事を書いています」
燕谷は微かに頷きながら言う。
「どこかのメディアサイトに所属しているのですか?」
インタビュアーのロボットアバターが、僅かに首を傾げる。
「いえ。個人で情報発信しています」
燕谷は二、三秒間を置き、「ツバメヤロクというサイトです」と付け加えた。
「個人サイトでブログを書かれているんですね」
インタビュアーは、今度はしきりに頷いてみせた。
「どうして個人ブログを書こうと思ったのですか?」
そう言われた燕谷は、収まりつつあった緊張がまた再発してしまう。自分もブロガーとして取材する時もあるから、インタビュアーが取材として質問しているのは、よく理解している。しかし、自分が取材される側に回るのは、あまり経験がない。不慣れな立場に置かれて、言葉に詰まってしまうのも無理はない。
ややあってから、燕谷は両掌を見せながら返答する。
「自分を変えたいと思ったからです。あとは、個人ブログによるライトユーザー目線だからこそ、助けられる人もいるんです」
そう言った燕谷は、思わず俯いた。
「そうなんですか! ますます気になってきました。良ければどんな記事を書いているのか、教えていただけます?」
すかさずインタビュアーが、情報の深堀りを試みた。
「はい……たとえば、ブログを始めたての頃は――」
それからしばらくの間、燕谷は過去を振り返りながら、インタビュアーに様々な出来事を伝えるのであった。
◆ ◆ ◆
今から約一年前。燕谷は、個人ブログことツバメヤロクの開設にあたって、諸々準備を進めていた。
VRコワーキングスペース「co-bow」
その頃彼は、コワーキングスペースによく入っていた。部屋の中央に円形のテーブルがあって、作業に丁度よい店舗のBGMが流れる、VRワールドの一つだ。家にいながら、ノマド族のように家の外で作業するような気分になれる。
自宅のパソコンをじっと眺めるのに嫌気がさしたら、こうしてVR世界に行けばやる気が出てくるから不思議だ。ブログの開設準備は勿論、デザインの仕事に行き詰ったときや、SNSに投稿する情報を考えている時などは、ここに来れば頭が冴える気がする。
『作業に集中できるワールドです。どんな人でも入れるワールドです』
SNSに投稿するメッセージをタイピングする。それから、このワールドで撮影した自撮り写真を添えて、投稿する。
当時の彼は、西洋騎士のような兜鎧を頭にかぶっていた。現在の燕谷が着ているジャケットや、スケルトングローブなどは、そうした甲冑まがいの姿の名残でもある。このアバターを作った当初(この時期よりもっと前)は、中身のことは何も想定していなかったが、この頃の彼は「兜を脱いだ姿でも作っちゃおうか」と考えるようになっていた。
「フレンドなら、誰でも入れるような設定にしています。どんなVR機器でも入れますし、機器を持っていなくても大丈夫です。待っています」
さらにもう一件、付け加えるようにメッセージを投稿する。せっかくのコワーキングスペースだ、誰か友人が来てくれると嬉しい。
そもそも燕谷がブログを始めようと思った理由の一つとして、フレンドたちにワールドの紹介をしたかったのが挙げられる。最近、燕谷のフレンドたちが立て続けにVRの世界から去っていく。逆に、ヘビーユーザー向きなVR機器を購入し、それを持っている人しか行けないワールドに集まるようになって、燕谷と全然話さなくなったフレンドもいる。
元々、バーチャル世界の色々な所に行くのが好きだった。だから、所謂ライトユーザーにも楽しめるワールドを紹介することで、彼の元からフレンドが去っていくのを引き止められるかも知れない、そう思ったのだ。最初はSNS上での投稿だったが、とあるイベントがキッカケでライターに興味が湧いた。それで「VTuberみたいなノリで行こう」とバーチャルブロガーを名乗る決断をした。
――何はともあれ、燕谷は作業に集中していた。傍から見れば、ノートパソコンに向かい合って、じっと座ったままでいる。その実、彼にしか見えないフローティングウインドウ(言うなれば、空中に浮かぶパソコン画面)を見ながら、現実世界でマウスやキーボードを忙しなく動かしている。
キーボードの打鍵音だけが響く自室でも、HMDを被ってVR世界に行けば、寂しさが紛れる。VRには楽しいイベントや、高い技能を持った有名人が沢山存在する。それらと気軽に触れ合えるのは、VRならではの素晴らしさだろう。だが、それが全てではないはずだ。「こうしてワールドでゆっくり過ごすのもいいじゃないか」と、燕谷は考えている。
数十分後。作業が一段落して、疲れたように大きく息を吐いた。現実世界でカップを手に取り、紅茶を飲んだ時、それこそ意識まで嫌な意味での現実に戻されてしまう。
(……誰も来ないな)
フレンドが誰も来ない。SNSで投稿したメッセージにも、何も反応がない。念のためコワーキングスペースの壁にある、入退室ログを確認したが、やはり誰も来た形跡はなかった。
なぜだ? 今は休日の夜、沢山の人がVRに入る時間帯だ。ふと気になって、フレンドリストを確認してみるが、やっぱり大勢の人間がログインしている。それで余計に分からなくなった。
更に気になってしまって、かつてはよく交流していたフレンドたちのログイン状態を、一人ひとり確認していく。ほぼ全てがログオフだ。今日だけじゃない、ここ一、二週間、下手すれば数ヵ月以上会っていないフレンドたちもいる。
このフレンドたちは、自分と同じようなVR機器を使っていたり、自分と同時期にVRデビューをした人たちが多い。だから彼と同じように、ライトユーザーならではの本音を抱えているフレンドたちとは、腹を割って話すことが多かった。そういえば、フレンドたちがよく話していたことを思い出す。「このVR機器だと行けるワールドやイベントが限られるから飽きた」と。
(あの人たちはどうだろうか?)
同期のフレンドの何人かはログインしている。人間関係の急速な変化から焦りに駆られて、同期たちのステータス状態が気になって仕方がない。最近、こんな焦りや不安を感じてしまう瞬間が多々ある。そうなると、作業は手につかなくなる。
彼ら一人ひとりのステータスを見てみた結果、自分が持っているVR機器では入れないワールドに居るようだった。彼らのもとに一飛びできるボタンが押せない事実は、無機質に門前払いされているように感じる。悔しい、そして寂しい。VRを辞めていった同期たちの気持ちが、痛いほど分かる。
「なんとかしなければ……」
彼は独り言ちてしまう。思わず目に留まった、SNSのタイムラインに思考力を奪われてしまう。自分を変えたいという焦りが、ブラウザのページをスクロールする指を急かす。何かしら、自分でも行ける新しいイベントやワールドがあるはずだと。
――そうして、SNS上で情報を探し回ったことによって、彼はとって大きな出会いと巡り会えたのであった。
◆ ◆ ◆
それから数週間が経った、ある日のこと。
燕谷はVR上の学園イベントにて、生徒になっていた。「私を変えなければ!」という強い思いを実現するには、様々なことを学べる学園イベントは、うってつけと判断したのだ。
今日は入学式だった。燕谷や同級生たちは教室にて、学園生活における注意事項や今後のスケジュールの説明を受けていた。丁度今、それらが終わったところである。
「じゃあ最後に、校門の前で集合写真撮りましょ~!」
担任の先生(学生服姿の獣耳のアバターで女声)が手招きしながら、教室の外に飛び出す。副担任の先生も「こっちこっちー!」と誘導する。教室に座っている同級生たち――なかには小さな獣人が椅子の上で立っていたり、妖精が机と同じ高さで空中浮遊したりもしていたが――は、担任の後を追う。担任を追い越す勢いでダッシュする元気な同級生もいれば、ちょっと移動しては立ち止まるのを繰り返して、遠慮がちに追いかける同級生もいた。
燕谷はというと、わざと最後尾にいて同級生たちが移動する光景を眺めていた。なんだか久しぶりに目の当たりにした光景のような気がして、じっくり眺めたくなったのだ。
「こんなに……色んな人がいるんだな」
なんて呟きながら廊下で同級生たちの後を追いかけ、昇降口から校舎の外に出る。そこから校門までの広々とした道は、両脇で満開の桜が咲き誇っていて、晴れ晴れとした青空にはのんびりとした白い雲が浮かんでいる。
「生徒の皆さ~ん! 好きなポーズをして大丈夫ですからね~!」
担任が校門の前で両手を上げながら言った。誰からともなく、校舎を背景にするように、空中に個人カメラを設置する。担任、副担任の他、生徒会長や学園長などの学園スタッフも駆け付けてくれて、生徒と一緒に横に並んだ。思いおもいにピースサインをしてみたり、両手を振って見せたり、一人ひとり個性的なポーズをとっている。各々のアバターが多種多様であるように。
燕谷はというと、端の方で両手を小さく上げていた。彼の身長は178cm。VRでよく見かけるアバターたちと比べると、かなり背が高い方である。だから集合写真を撮影するとき、平均的な背丈のアバターを遮らないよう、後列や端に立っている。
パシャリ、パシャリとシャッターを切る音が断続的に聞こえる。次第に「その動きかわいいね~!」と担任が声を掛けたり、「そのアクセサリー、どこで買ったの?」と同級生たち同士で話したり、アバターやアクセサリーの談義が始まった。
(これが、流行りのアバターの力か……)
燕谷はその賑やかな交流をじっと見ていた。彼と同じく、アバターを自作しているユーザーたちとは、話を盛り上がることが多々ある。しかし、流行っているアバターやアクセサリーの話題となると、なかなか話の輪に入れない。流行っているものは、使っているVRHMDによっては表示されない、もしくは使えない場合も少なくないのが実情だ。だからどうしても、流行り物の知識に疎くなってしまう。
入学式早々、同級生たちと馴染めずに終わってしまうのだろうかと、燕谷は早くも焦りを感じていた。集合写真一つでさえ、疎外感を感じてしまう。自分を変えることは……できるのだろうか?
「燕谷さんは、そのアバター自作なんですか~?」
と、担任が燕谷に話しかけてくれた。目をキラキラ輝かせ、燕谷の兜鎧を見上げながら。
「はい、自作です」
燕谷は息を呑んでから答えた。
「そうなんですか~! カッコいいですね~!」
担任は両手をバンザイしてみせた。
「ありがとうございます……」
燕谷は控えめに礼を述べると、双方とも数秒間黙ってしまった。――このままではいけない。だから彼は、どうにかして会話を続けてみた。
「一応、仮面を脱いだ姿もあります」
そう言うと彼は、微かに両手を震わせつつ、自分の兜鎧の掴む。それから、勢いよく兜鎧を持ち上げる。担任や、隣にいた同級生たちは、神妙な面持ちで彼の頭部を見上げている。胸の前に持ってきた鎧兜が、一瞬陽光を照り返したのに目を細めると――彼女たちは、凛々しい青年の顔立ちを目撃した。
「おぉ!」
「すげぇ!?」
「あら、イケメン~!」
それが、燕谷が己を初めて曝け出した瞬間の、周りの評価だった。
「本当はブログの開設日に、脱ぐ予定だったんですけれども」
照れ臭さからか、僅かに視線を逸らし、流し目のように担任や同級生を見ながら会話を続ける。実際、入学式からほぼ半月後には、凛々しい顔立ちをSNS上でも見せるようになったが、兜鎧の中身を他人に見せるのは、今回が実質的に初めてだった。
彼は最初こそ、兜鎧の中身のことは何も想定していなかった。それがいつからか、兜を被った姿ではコミュニケーションが取れないのではないかと、心配するようになっていた。なればこそ、コミュニケーションを取るために『仮面』を脱ぐのは、今が絶好の機会に違いないのだ。
「……ちょっと写真撮ります」
燕谷が言うと、担任や同級生は異口同音に「いいよー!」と快諾する。
彼は自分が仮面を脱いだ姿を、後でブログに載せたかった。VR機器のスペック上、写真を撮ろうとすると動作が重くなったりして苦労するのだが……この記念すべき出来事は、どうしても写真に残しておきたかった。少しばかり時間を要したが、初めて曝け出した『中身』を、無事に撮影した。
「すみません、お待たせしました」
燕谷が言うと、担任は「気にしないで~!」と言う、代わりに両手の親指を立ててみせた。
「ブログって、一体どんな記事を書くんですか?」
燕谷が写真を撮り終えたのを見計らって、同級生の一人が話し掛ける。
「そう、ですね……」
それから燕谷は時間の許す限り、イベントでできた友人に対して、自分のブログについて語るのであった。
◆ ◆ ◆
燕谷の回想、あるいはインタビューへの答えを終え、時系列は現在に戻る。相変わらず、熱狂しながら川に飛び込むモノが多数いる、夜の歓楽街のVRワールドもといイベント会場。
「――そうやって、学園生活を過ごして、この記事ができたんです」
燕谷が説明を締め括ると、ロボットアバターのインタビュアーは何度か頷いた。
「なるほど、なるほど……」
インタビュアーだけが目視可能なフローティングウインドウには、ツバメヤロクが開設されて間もない頃の記事が映っている。
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サムネイル画像には、校門の前で兜鎧を胸の前で抱え、どこか誇らしげな表情をする燕谷の写真。本文の序盤においては、彼が学園に入学するに至った経緯や、その遠因となる不安や焦りなどが綴られている。今しがた、燕谷が口頭で説明した通りだった。
冒頭を読み終え、中盤に至ると、燕谷が実際に体感した心情が、ありありと綴られていた。使用しているVRHMDの都合上、動作が重くなることに備え最前列に座り、それで授業中は緊張してしまった。
それでも「私を変えなければ!」という想いを実現させるように、一つひとつの授業を振り返り、学んだ知識をしっかり書き記していた。専門的な用語や解説は少なめに、「ためになりました」とか「印象に残った」などと、事細かに書かれている。
「これは良いですね。VRのことを知らないライトユーザーでも、『学園に行ったらこういう感情になる』というのがイメージできる」
インタビュアーは呟きながら、さらに記事の終盤を読み進める。
「ありがとうございます」
燕谷は控えめにお礼を述べた。
「VRのニュースやイベントは、ライトユーザーには分かりにくい場合もあります。そんな時、『この記事を見てごらん』って言って、この学園に入るか迷っていた初心者を、助けてあげたこともあります」
緊張が収まった燕谷は、自分の体験談をインタビュアーに語る。熱狂する観客たちの声や、激しく明滅するネオン看板などには、もう惑わされない。
「たしかに今のVRって、専門用語や不透明なローカルルールで、初心者にとって不親切な部分も多いですからねー」
そう返したインタビュアーは、記事の残りの部分を読んでいた。新しい知識をたくさん吸収したこと。授業を受ける度クラスの方と仲良くなったこと。そういった感想の数々を書いた末に、「悩んでいるあなたに勧めてあげたいです」と締め括る。インタビュアーは「読み終わりました」と言って、ペコリとお辞儀した。
「バーチャルブロガーか……!」
インタビュアーは合点がいったように、夜空を仰いだ。
「僕は職業柄、事実を素早く、正確に伝えることを重視しています。専門家やヘビーユーザー向けの記事ですから、そこに責任が生じます。僕はこれを、やりがいのある仕事だと確信していますが、時にライトユーザーに敷居が高いと思わせてしまうのが、もどかしく感じてしまうケースもあります」
燕谷は「……うん」と相槌を打ち、僅かに恐縮している様子だ。
「でも、個人ブログだったら、ブロガーのありのままに感想などを書ける。僕も昔はやっていましたが、そこがブログ特有の強みだと思っています。今はSNSが中心の文化ですけれども……。きっと個人ブログによって助けられるVRユーザーも沢山いる。燕谷さんのお話を聞いて、そう感じました!」
インタビュアーはその場でジャンプした。表情に乏しいロボットアバターでも、賞賛や喜びの感情が伝わってくる。
「今回、燕谷さんが関わったこちらのイベントの取材が主なのですが、良ければバーチャルブロガーという肩書きや、ツバメヤロクについても、記事中で紹介させていただいてもよろしいですか?」
「ええ……いいですよ」
燕谷は大きく頷いた。重ね重ねになるが、まさか自分が取材される側になるとは思わず、現実世界では顔から火が出そうになっていた。
◆ ◆ ◆
あのインタビューから二日後。
燕谷はいつものように、VRコワーキングスペースで作業していた。「今日は集中しなければ」と、じっと席に座りながら、フローティングウインドウと向き合うこと一時間。やっと一段落したところで、SNSからの通知に気が付いた。
「……記事が公開されたんだ」
それは大手メディアにて新たな記事が公開されたという告知。インタビュアーから事前に説明された通り、燕谷のアカウントに対してのメンションがつけられている。公開された時間は約一時間前。彼が作業を始めた時間と大体同じだ。
SNS上では、既に多数のインプレッションを集めている。一体どのような記事になっているのだろう。燕谷は緊張を――不安や焦りだけによるものとは、また違った緊張を感じながらも、自分が取材された記事を閲覧する。
はてさてその記事には、5W1Hが端的に書かれた文章と共に、燕谷が開催したイベントの様子が一目で分かる画像が、ページ上部に掲載されていた。ニュースサイトを重視した簡潔さである。
ページをスクロールすると、いよいよ燕谷へのインタビュー内容のコーナーが目に入った。。そこには燕谷古雅の写真や活動内容などが書かれていた。こちらもまた、短く簡潔な文章で書かれていたが、バーチャルブロガーという肩書や、個人ブログであるツバメヤロクへのリンクなどが掲載されている。あのインタビュアーは、約束を守ってくれた。
「こういう感じなのか……」
万感交到った燕谷は、感嘆交じりに呟くと、コワーキングスペースの天井を見上げた。まさしく、こういう感じなのだろう。自分自身がニュース、あるいはブログに取り上げられる嬉しさとは。
一昨日のインタビュアーの言葉を思い出す。「きっと個人ブログによって助けられるVRユーザーも沢山いる」と。大手メディアの記事を求めているユーザーは少なくない。一方、個人ブログの記事を必要としているユーザーも、決して少なくないのだろう。
自分自身が記事として取り上げられるのは嬉しいものだ。振り返ると、燕谷が記事として取り上げることで、対象者から「嬉しい!」と言ってもらえた記憶は数多い。バーチャルブロガーとは、人を助けられる立派な役回りであると、自信を持って言えるだろう。
と、燕谷のフレンドがワールドに入場したという通知を受ける。
「燕谷さん、こんばんはー!」
間髪をいれず、大声の挨拶と共に駆け寄ってくるユーザーが一人。髪をオレンジ色に染めた、いわゆるイケメン系の青年アバターで、爽やかな笑顔を浮かべている。
「こんばんは」
燕谷は席から立ち上がる。急ぎの作業も終わり、自分が書かれた記事を読み終えた今なら、ゆっくりフレンドと雑談できる。
「燕谷さん記事になってましたよね! 読みましたよー!」
イケメンフレンドは、両手でピースサインを送りながら燕谷に言った。
「いやぁ……驚きでした。こんなイベントがあったら面白そうって、軽い気持ちでやってみたら、いきなりああでしたもの」
燕谷は神妙な面持ちで答えた。
「それであの記事を読んで、そういえば燕谷さんバーチャルブロガーだったなぁと思い出して、お聞きしたいことがあったんですけれども!」
イケメンフレンドは、一、二歩燕谷との距離を縮めながら尋ねる。このフレンドは明るくて人当たりが良いのだが、若干そそっかしいところがある。
「はい。私で良ければ」
燕谷は大きく頷くと、すかさずイケメンフレンドが発言する。
「ありがとう! 実は今度、皆でVR新入生と飲み会するワールドを探しているんだけど……アイツは燕谷さんと同じHMDを使っていて、アイツでも楽しめるような良い飲み会ワールドがないかなーって」
「ああ、それなら、ちょっと待っててね」
燕谷はメニューを開き、ワールド一覧から自分がオススメと思うワールドを探す。日頃、様々なワールドを巡り歩いて記事にしているから、こういうのは彼の得意分野なのだ。
Quest対応でも飲み会にはおすすめのワールド「焼肉KAZUTAKO」
三十秒ほど経過すると、燕谷は「ここに行くといいよ」と言いながら、部屋の隅に別ワールドへ続くポータルを出した。ワールドの名前をSNSのメッセージで送る手段もあるのだが……ポータルを出し、その上部に浮かぶテキストを見せた方が、VR上で情報共有するのは早いし楽だ。
「ありがとう! 燕谷さん! 身近にいると心強い! じゃーね!」
それだけ早口で言うと、イケメンフレンドはポータルに飛び込んで移動してしまった。彼を呼び止めるには遅く、イケメンフレンドが消えた瞬間に燕谷は「ああ……」と漏らしてしまった。それからポータルが消えるまでの数十秒間、立ち尽くす。
「身近、か」
燕谷はフレンドから言われた言葉を噛み締めている。たしかに、自分がVRデビューした時、ライトユーザーの目線に立って、ワールドやイベントのことを教えてくれる人が身近にいたら、とてもありがたかったと思う。
バーチャルブロガーを名乗ってから一年。現実世界よりも移り変わりが激しいVR世界において、一年はとても長く感じる。一年も活動を続けられるのは、誇っても良いだろう。
一年前を思い出す。兜鎧を脱ぎ、凛々しい顔立ちを解き放った瞬間を。コワーキングスペースの鏡には、自分自身の顔が映っているが、そこに兜鎧もとい仮面を被っていた時期の自分を重ね合わせてしまった。
今日は甲冑を思わせるような、グレーのジャケットの代わりに、青くスタイリッシュなジャケットを羽織っている。黒地のシャツには、「十二」とも、「?」とも取れる、「自由に」を象徴するトレードマーク。甲冑の時も、今この瞬間も、自由に旅する燕であることは変わらない。
思わず、鏡越しに自分自身と両手を繋いだ。このポーズで写真を撮り、あとで画像編集して、鏡の中の自分を甲冑姿に変えるのも、面白いかも知れない。
「バーチャルブロガー、燕谷古雅。ライトユーザー目線で情報を発信する電脳燕」
甲冑姿の――過去の自分に語りかけるように、燕谷は言った。
(著:sun 写真:燕谷古雅)
※この作品はフィクションです。
※小説や依頼内容の詳細につきましてはこちらのリンク(skeb)を参照。こちらも確認できます。
小説家sun
VRの世界にいる人物やワールドなどを小説にして書くことから「メタバース小説家」と呼ばれた。
VRや配信でリアルタイムで執筆する「出張執筆」というイベントをはじめ、VRChatやclusterなど様々な企画で積極的に活動されている。
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